~ Je te vuex ~2




東邦学園高等部の寮は通常は二人で一室を使うが、たまたま日向には同室者はおらず、一人で部屋を占有していた。

岬のアパートから寮に戻ってきて、すぐに部の練習に出て、それがそのまま夕方まで続いた。今は夕食を終えて、風呂から自室へ戻ってきたところだ。
最初は部の仲間たちに 『一緒に』 と風呂に誘われたが、先に宿題を終わらせたいから、と断った。服を着ていれば隠れるが、脱げば身体に印された昨夜の名残りが見えてしまう。絆創膏を貼ってはみたものの、それだって突っ込まれる材料の一つであるに違いなかった。

幸い、なるべく人がいない時間帯を狙って入れば、何か言ってくる者もいなかった。だが、この状況が暫く続くのかと思うと、日向はげんなりとした。
髪も生乾きのままに、日向はベッドに寝転がる。今朝は早起きしたので、かなり眠い。目を閉じるとそのまま眠ってしまいそうだったが、丁度そのとき部屋のドアがノックされ 『日向さん、いるー?』 と反町の声がしたので、日向は起き上がってベッドを降り、ドアを開けた。

「ごめんね、日向さん。今、ちょっとお邪魔してもいい?」
「ああ。入れよ」

いつもの反町ならではの軽い口調ではあったが、その表情は真面目で、少し固かった。日向は招き入れた瞬間から、反町に何を言われるのか分かっていた。

「日向さん、昨日外泊してたよね。         また岬のところ?」
「・・・・何で、そんなこと聞くんだよ」

日向はさきほどまで横になっていたベッドに腰を下ろし、反町は机の前にある椅子を後ろ向きに跨ぐようにして座った。

探りあいなどしなくても、本当のところは、お互いに分かっている。反町は、日向と岬が会っているのが気に入らないのだ。

「この間も言ったけど、日向さん。アイツは止めておいた方がいいって」
「・・・そんなの、俺の勝手だろ。お前にどうこう言われることじゃない」
「そりゃ、俺だって大事な日向さんを横から掻っ攫われるなんて癪だと思ってはいるけど・・・・。でも、そんな理由だけで、会わない方がいいって言っている訳じゃないよ。それは分かってくれてるでしょ? ・・・ねえ。日向さんだって、本当は気がついているんじゃないの?」
「・・・・」

反町は交友関係が広い。部活を中心に回る時間のない生活の中でも、トレセンや練習試合といった他校の生徒と知り合える機会に積極的に連絡先を交わし、独自の情報網を広げている。日向からすると大した用も無いのに他人とメールなりラインなりするのは苦痛でしかないので、ある意味感心するマメさだった。

東邦学園は岬の在籍する南葛高校とも何度か練習試合を行っているので、当然、反町は南葛高校の生徒にも知り合いが多い。その反町が日向に「岬と付き合うのは考えた方がいい」と忠告をしたのは、つい先日のことだった。

高校進学を機にフランスから帰国した岬と再会した日向は、いつしか連絡を取り合うようになり、昨夜のように二人きりで会うことも増えていった。それを知った反町は最初こそ良い顔をしなかったものの、そのうち慣れたのか 『いってらっしゃい。気をつけてね』 と送り出してくれるようにまでなったのだ。
だが最近になって突然、『考え直せ。距離を置け』と言われて、困惑したのは日向の方だ。

反町曰く、岬にはよくない噂がある、とのことだった。

『とにかく相手をね、とっかえひっかえして付き合って、途切れないようにしているって。来るもの拒まずらしいよ』

と反町は言った。少し哀しそうな、日向を憐れんでいるかのような表情だった。

『そんなの、嘘だ。単なる噂だろ。俺は信じない』
『俺もね、日向さんのために、そんなこと信じたくなかったけど』

だけどね・・・と言って、反町は幾つかの写真を日向に見せた。南葛高校の知り合いから、と言って差し出された携帯には、岬と誰かが映った写真が幾つか保存されていた。そのどれもが、違う男と映っているものだった         。




「・・・俺がいいって言ってんだから、いいんだよ。放っておけばいいだろ」
「日向さん!・・・駄目だよ。日向さんが傷つくと分かっていて、放っておける訳がないよ」

反町は音を立てて椅子から立ち上がり、ベッドに座る日向に近づく。そのまま隣に腰をかけ、下を向く日向の顔を覗き込んだ。

「ね?日向さん。早く離れるほど、傷は小さくて済むよ。・・・・最初は辛いかもしれないけど」
「・・・・」
「ほんとに・・・俺にしておいてくれてたら、良かったのにね」

俺だったら、こんな思いさせたりしないのに・・・と、やはり哀しそうな瞳をしてひっそりと笑みを零す反町に、日向は何も言えなかった。


日向だとて、おかしい、と思う点が無かった訳ではないのだ。
好きになって、少しずつお互いの身体に触れるようになって、ついにセックスまでするようになった。だが初めてで何も分からず、まったく上手にできない日向に比べると、岬は慣れ過ぎていたように思う。
寂しがりの岬のことでもあるし、少なくとも自分とこうなる前であったら、誰と寝ていようと文句を言える立場に無い・・・と日向は思っているが、反町が言うように今でもそうなのだとしたら、どうすればいいのだろう         ?

そもそも、今この時も岬が他の誰かと一緒にいるとして、自分に何かを言う権利があるのだろうか         ?

「・・・反町。お前勘違いしてるかもしれないけど、岬と俺、何も約束してない」
「日向さん・・・。」
「好きだとは思うけど、別に将来のこととか、約束してるわけじゃないから。・・・男同士なんだし」
「じゃあ、日向さんはアイツと、単なるセフレなの?・・・それでいいの?」

反町が絆創膏に隠された、日向の首元にできたばかりの傷を指で軽く押した。

「こんなものまでつけられて。そんな顔して。それでもあいつが遊びだとしても、構わないって?」
「・・・止めろよ、そういう風に言うの。別に何も約束してないけど、遊びだなんて誰も言ってないだろ」
「ね・・、よく考えてよ、日向さん。・・・俺は、日向さんとあいつは、考え方とか倫理観とか、違い過ぎると思う。このままだといずれ、日向さんは泣くことになるよ」

日向さんの恋心は、分かっているつもりなんだけどね・・・             最後にそう付け足して、反町は自分の部屋に戻っていった。

日向は自分の肩を抱くようにして、長い間そのままじっと動かなかった。






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